くぐつ島生活記

山登りは自分で学ぶ。本をたくさん読む。それが生活のきまり

Month: 12月 2010

ゆく山くる山

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なんだかんだで大晦日。満席の新幹線車中にて。

窓の向こう側に見事な雪山が見えている。位置的には那須連峰だろうか。現在は二つ玉低気圧が東北あたりを通過中で、これから太平洋に抜けてから合体し、再び強い冬型になるらしい。等圧線も密集した状態で縦に並び、既に予報に出ているように、年越しの山は大荒れになるだろう。既についったーや知人関係でも相次いで年越しの登山をキャンセルしており、今くっきり見えている山は、つまり嵐の前の静けさということになる。

自分が今年登った山で一番よかったのはどこだろうかと振り返ってみると、やっぱり何と言っても富士山に尽きると思う。
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イントレランス

とっても苦手。しんどい。
でも、自分がその立ち位置でいる事の方が、こんなに苦しいとは思わなかった。

性分?

映画の方じゃなくてね。

縁(えにし)

なんだかやたらと忙しかったり、いろいろな人生の転機や、それに伴って片付けなければならないことが一気に増えて(というか放置したものも含む)、ずっと働き続ける日々である。

秋に入ってからは近隣以外は、ほとんど山にも行ってない。

ちょっとした出来事があったりとかして、きっと見るべきであったろう大規模な某公演なんかも(結果的に)スルーすることになったりして、まあおそらくそんな縁だったのだろうと妙に腑に落ちて、転機に重なるがごとく、自分の中できっちり片がついた。身辺整理ならぬ心辺整理とか。相棒は「ちょっとさみしいよね」とは言うけれど、初めて演劇をやってから今に至るまではいろんなことがあったし、それはほとんど辛いことばかりだったので、自分としては未練はこれっぽっちもない。っていうか、そもそももういい年なんだし、全部は選択できないのは誰だってそう。人生はいつだって選択と決定と未選択の連続。

とはいえ、山にまつわることで言うと、自分の場合は山であまりにもたくさんの偶然に遭遇していて、選択以前に何者かに決められているのではと思うことがよくあったりする。それはたとえば、ある山の山頂でたまたま写真の端に写っていた見知らぬ人が、その2ヶ月後に山のツアーバスで偶然自分の隣の座席に座っていたとか、白馬三山を縦走する計画をある人に話したら、その山行の帰りに都内の電車で偶然その人と会ったりとか、たまたま参画していたプロジェクトの取引先の方と、某山小屋で偶然ばったり会って、それがきっかけでたまに山の雑談で声をかけてもらえるようになったりとか。

自分が山にのめり込んでいくごとに、そんな無数の偶然が次々と折り重なっていったのが、この一年だった。

これはきっとそういう縁なのだろう。

まだしばらく忙しさは続くので、今期の冬山は年を越してしまうかもしれないけれど、きっとそれも何かの縁が働いているのだろうと思って、日々雑務と向かい合っている。

しかし、今日は7度4分の熱で終電まで働いたので、さすがにしんどかった・・。

風邪にはお気をつけあれ。