くぐつ島生活記

山登りは自分で学ぶ。本をたくさん読む。それが生活のきまり

Month: 5月 2011

天城(山)越え 2

■すっかり遅くなったが続きである。
■天城縦走の日程を一日延ばして最終日の朝。すっかり雨も上がって、気持ちのいい山の朝の空気。朝食を7時からにしてもらっていたので、のんびりとはいかなかったが、軽く朝風呂とたくさんの花が咲く素晴らしい中庭を楽しんだ。白壁荘は本当に居心地がいい。また機会を作って、のんびり過ごしに来たい。

■いかにもやり手風な女将に見送られながら、前日に頼んでおいた送迎タクシーに乗り、旧天城トンネルについたのは朝8時。天城高原ゴルフ場から出る伊東行きの最終バスは17時10分なので、縦走の持ち時間はおよそ9時間。登山装備以外に旅行用の荷物も全部担いでるので、荷物の重量で足が遅くなったりまた途中でのんびり過ごしても、それだけあれば何とかなるだろうとの目論み。それにしても、この旧天城トンネルに立つのはいったい何年ぶりだろうか。たくさんの思い出を抱きつつ、トンネル脇の登山道からアプローチに入る。

■最初に一気に天城峠まで登り上げ、そこから尾根に沿って八丁池へと続く道をゆく。昨晩たくさん雨が降った割に空気はひんやりと乾いていて、天気もよく、とても気持ちいい登山日和だった。体調はすこぶるよかったが、やはり荷物が重めのためか前半の足取りは思ったよりも重かった。しかし天城峠の周辺は杉がほとんど見られないこともあって、とても明るく風情があり、歩いていて実に飽きない、美しい森だった。途中、マメザクラがところどころに寄り集まって咲いていたが、しばらくすると、おびただしい数のアセビがふいに現れた。そしてこの日は、そこからずっとアセビ祭りが続くことになる。アセビという植物は知らなかったが、先日完歩できずに痛い目にあった秩父七峰縦走の時に、途中で花先生の彼女から「馬が酔う花」として教えてもらっていたのだった。なるほど。今回ここに呼んでくれたのは、このアセビたちだったのかも。


■アセビの大集団は見事というほかはなく、まるで、山に巨大なカリフラワーが生えているようだった。こんな風景は見たことがない。これでは馬酔い放題だ。トイレ休憩後に見晴し台へ登ってみると、うっすらとした富士山を背景に八丁池が一望できた。ずっと樹林帯なので、山域の全体が見渡せるのはありがたい。登山者はずっと少なかったのだが、ここから学校のハイキングの子供たちや家族連れなど、たくさんの人々とすれ違った。

■11:00前。八丁池到着。予定より少し遅めくらい。静かでよく整備されており、ハイキングするにはとてもいい場所だった。よく目を凝らすと池の中には魚たちが見えた。ぽかぽかとあたたかい陽気で、かいた汗がよく乾いた。おやつを食べて、しばしひなたぼっこしながら休憩。

■八丁池からは万三郎岳に至る道をテクテクとゆく。森の木々が変化し、ブナヒメシャラがいよいよ増えてきた。登山道は歩きやすく、最近立てられたような真新しい道標と看板が導いてくれた。ときおりアセビのトンネル。

■小岳に至る急登を登り上げ、再び汗をたくさんかく頃には、また道がなだらかになる。ようやく縦走らしくなってきた。木はたくさん生い茂っているが葉がついていないため、道はやたら明るく日差しが強い。そろそろ小岳が近いかと思うあたりで、この登山道では有名なヘビブナと出会うことができた。まるで何かの意思が宿っているかのような姿。曲がった先から伸びた木の幹がカミナリのよう。いったいどういう経緯でこんな風に育っていったのだろうか。小岳をすぎてからのブナの原生林も美しかった。秋の紅葉の時季も来てみたいものである。

■片瀬峠から目指す万三郎岳が見えた。ここから天城縦走路も後半となり、いよいよアップダウンが多くなる。やや疲れ気味ではあったが、足はよく前に出て、特に心配することもなかった。一気に高度が上がってきたので、眺めもよくなってきて力がわいてくる。

■13:45。標高1406m万三郎岳山頂。写真を撮り忘れたが、大勢の人々でにぎわっていた。さすが伊豆半島最高峰。展望があまりない場所だったが、少しずれたところからは広大な伊豆の森の景色が見えて気持ちよかった。遠くの方に風力発電の巨大な風車群。しかしまったく動いておらず。前日にかなり強かった風は、今日はほとんど吹いていなかった。標高も上がったので日差しも強い。

■万三郎岳の山頂でしばらく休憩の後、馬の背方面へ。さすがにアマギシャクナゲは咲いているはずもないが、かわりに再びアセビ祭りとなる。ゴルフ場から来ている人が多いのか、急に人が少なくなった。石楠立(はなだて)を経て、軽い岩場を登り上げると「アセビのトンネル」にたどり着いた。しかし実際のところはトンネルというよりも、登山道の洗掘が進んで掘り下げられてしまい、結果として「トンネル」になってしまったものだった。でもそれでも木漏れ日の膨大な光の模様はとても美しく、気持ちよくその中を進んだ。

■15:00。馬の背。開けた場所から最後の万二郎岳が見えた。地形図で見て考えていた以上にしっかりアップダウンがあって、上り下り甲斐のある縦走路である。タクシーの運ちゃんはマメザクラはもう終わったと言っていたが、稜線の登山道には開きかけのつぼみがたくさんあった。やはり今年の花時計は少し遅めのようだ。万二郎岳への登り上げる途中で振り返ると、今日歩いてきた道の大半が見えた。17キロ程度といっても、見渡すと結構歩いてきた感がある。これも縦走の醍醐味。

■15:20。標高1299m万二郎岳山頂。昔の看板では1320mとなっていた(笑)。出発から約7時間。最終バスまではおよそ2時間あったので、下りの帰りは余裕を持って降りられる見込みだったが、やはり天城峠側からの方が時間がかかるようだ。疲れてはいたが、かいた汗がとても気持ちよかった。時間も時間なので山頂には人はほとんどおらず、ゆっくりと休憩。やっぱり、山は静かな方がいい。たとえ単独で心細くても。

■下山開始。帰り道は、そこかしこにタチツボスミレとマメザクラ。しかし、こちら側はやはり人がたくさん登るようで、洗掘がひどく、アプローチした天城峠から比べるとやや荒れているような雰囲気だった。「植生保護のため、コースを守ろう」という四ヵ国語で書かれた真新しい看板もあちこちにあった。観光で大勢の人でにぎわうことは山にとっては常に痛し痒し。

■下り続けること1時間。16:30。天城高原ゴルフ場到着。ここで最後にまたアセビとヤマザクラが仲良く出迎えてくれた。花自体の数は少なめだったけれど、でも、伊豆の春の終わりの登山だったのだろう。休憩込みで行動時間は8時間30分。荷物も重めでくたびれたが、気持ちも夕方の陽気のように清々しかった。天城山脈はまだまだ懐が深そうな気がする。東京からも比較的近く、季節を変えながら何度かまた登りに来たいと思った。

■予定通り17:10発のバスで伊東へ向かい、街中の弁天の湯で一風呂浴びて、東京へ帰った。

天城(山)越え 1

■ゴールデンウィークは高い山はまだまだ雪が多く、またこの季節は天候が急激に変化しやすいので、自分のスキルと経験ではいつも悩ましい。春山は固い根雪が出てきているので、降雪があればすぐに雪崩やすく、また逆に降雪がなければ、急斜面でかるく転んだだけですぐに滑落につながりやすい。天候が安定して雪が柔らかければ容易だが、天気の流れを見ていると今年は少し難しい感じがしていた。

■であれば、貴重な長い休みを活かして、去年と同様に天川村を起点として雪がほとんどない大峯奥駆道を長くテント縦走をしたいところではあるが、今回は多忙のこともあって、準備も体力も整っておらず、到底やりきれるとは思えなかった。それではそれ以外で2000m以下の山ならと思って、いろいろ考えた末にたどりついたのが伊豆・天城山脈の縦走だった。このルートは、伊豆半島の中央付近に東西およそ17キロにわたる登山道があり、東側に万二郎岳(1299m)、万三郎岳(1405m)がそびえる。正確には「天城山」という山はなく、これらを含む連山を総称して天城山脈、天城連山と名付けられており、日本百名山の一つである。17キロという長さは、実は高尾山口駅から高尾山−陣馬山−陣馬高原下までの縦走路の距離とほぼ同じであり、日帰りの縦走には調度よい距離であった。また何よりよかったのは、伊豆は自宅からそれほど遠くなく、私鉄を使えば往復で3000円から4000円程度で行ける上、温泉宿には事欠かない。ツイッターのタイムラインに流れていた八ヶ岳や北アルプス方面に出かける人たちの賑わいに後ろ髪を惹かれつつも、伊豆の地形図を買い、読図と行程を作成し、彼女と日程と段取りの検討を重ね、天気図を読んで、自分の登山の準備をした。

■立てたプランは、初日に伊東で宿泊、翌日に伊東からのシャトルバスに乗って天城高原ゴルフ場から朝9時に入山、夕方に天城峠を経て天城トンネルに下山し、湯ヶ島温泉の旅館に宿泊、翌日は浄蓮の滝や修善寺を観光しながら三島まわりで帰宅というものだった。朝9時という時間は登山にしては非常に遅い時間だが、天城トンネルからのバスは比較的遅い時間まで出ていたので、それほど問題ないであろうという結論に至った。ちなみに、今回の計画は、自分のツイッターにおける山の先輩である@Masakoさんの山行記録を参考にさせて頂いた。とても感謝です。→ 天城山縦走(1) – 〔Let’s take our time! ふたりで山歩き〕

■4月30日(土)。自宅を朝7時過ぎに出発し、南武線、小田急線、JR線を乗り継いで、午前10時過ぎに伊東着。そのまま商店街と海を一回りしてからバスでツツジ祭が行われている小室山へ。リフトを素通りして徒歩のルートで登ると、東には大海原、西には登る予定の天城連山、そして眼下には真っ赤なツツジという好展望な山頂。初めて見る天城連山は、予想以上にスケールが大きく見えて心が躍った。ツツジは満開かと思うくらいの咲きっぷりで、小高い丘から見るとまるで赤い絨毯のようだった。

■この日の宿は、彼女のたっての希望で「ハトヤ」ホテル。自分には一生泊まることのないホテル(笑)かと思っていたが、温泉卓球に、ゲームコーナー、プール、広大な宴会場でのバイキング、真っ赤な絨毯と「昔の」おしゃれっぽい家具など、時代から動いていないベタな昭和っぷりが不思議な空間に感じられて意外に楽しかった。

■宿に入ってから天気を確認したところ、残念ながら、翌日はかなり強い風雨となる予報となっていた。やはりこの時期は天気が変わりやすい。少しの雨ならともかくこの地域は風が比較的強いので、無理をせずに翌日はバスで修善寺経由で湯ケ島まで行って宿泊し、天城縦走は最終日に延期して、当初の予定とは逆に天城峠側から登り、伊東まわりで帰ることとした。逆から登るほうが登りが多くなるのでやや時間もかかるが、旅館を早出してタクシーで旧天城トンネルまで上がることで何とかなるだろうという目論見。

■5月1日(日)。というわけで、二日目は湯ヶ島へ向かう前にゆっくり伊東を観光。ハトヤでバイキングの朝食を取ってチェックアウトののち、そのまま直通バスでサンハトヤの海底温泉で朝風呂。再び伊東駅へ戻って、商店街で買い物をし、伊東市指定文化財である温泉旅館「東海館」を見学した。そののち伊東駅前からバスに乗って修善寺に向かう途中で、ザーザー降りの雨が降ってきた。午前中は比較的良好な天気だったが、やはり延期にして正解だった。

■修善寺からのバスを湯ヶ島温泉口で降車後、湯道をテクテク歩いて旅館「白壁荘」。歴史では東海館にはもちろん及ばないが、文人も多く利用したという宿で、巨石・巨木の露天風呂に、民芸調の館内、美しい庭園など、素晴らしい旅館であった。館内は至る所に極め細やかな気配りやさりげない演出が施され、温泉も川沿いの客室も居心地が良すぎて、プランが変更されて早めのチェックインになったことがかえって良かったと思えた。しとしとと山に降る雨を眺め、心地良いカエルたちの鳴き声を聞きながらの露天風呂に、久しぶりにのんびりと羽根を伸ばすことができた。

■続く。